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過去の講座を紹介します

環境情報活動センターでは、毎月2~3の環境学習講座を開催しています。リサイクル講座・木の実などを使ったクラフト講座・自然観察などのフィールドワーク・夏休み子ども講座・環境教養講座など、多彩な内容でお送りしています。 このコーナーでは、講座のレポートを掲載していきます。(過去の講座を紹介しますのトップへ戻る

江戸はいかにして江戸になったか~自然を活かしたまちづくり

カテゴリ:平成30年度

投稿日:2018年05月10日

 平成30年4月22日(日)環境学習講座「江戸はいかにして江戸になったか~自然を活かしたまちづくり」が開催されました。講師は歴史ノンフィクション作家の鈴木 旭さんです。
 本講座では、戦国の世をおさめ、江戸時代という天下泰平の世を築いた家康の「江戸のまちづくり」に視点をあてた貴重なお話を伺いました。

                    
●江戸のインフラ整備
 家康が入府した天正18年(1590)8月1日の江戸は、日比谷入り江に面した小さな城と周辺に散在する集落ばかりの一寒村であった。城の東は至るところが萱の生い茂る湿地帯、西側は武蔵野台地であった。
 2万5千人の家臣団を養うため、はてどうするかの現実を優先し、大々的な城づくりの着手は後回しにした。
 まずは、生活用水としての水の確保が必要である。日比谷入り江に流れ込む河川を堰き止め、牛が淵と千鳥ヶ淵のダムを作り、城前の生活用水にした(資料1)
 後に、神田山を崩し日比谷入り江が埋め立てられ、城の周辺に大規模な宅地ができ、外国船の侵入も妨げることができた(資料2)

 同時に、生活必需品である塩の確保のために道三堀と小名木川を開削し、関東最大級の製塩地である行徳からの塩の輸送を可能にしたのである(資料3 )

●水問題
 当時の江戸には飲料水となる水は非常に限られていた。江戸は基本的に埋立地であるから井戸を掘っても塩水しか出てこない。川は上流まで塩水が上り、田んぼや畑に水を取り込むこともできない。地下水は深くてなかなか出てこないなど、深刻な水の問題があった。
 町を発展させるためには水道施設、下水道の整備は喫緊の課題であった。対策の一つとして、吉祥寺にある井の頭公園の湧き水で神田上水を整備。次いで、人口の増加とともに、多摩川上流で清流を取水し、玉川上水を整備した。これにより、江戸城下の配水のみならず、農村部に於いても、干上がった大地が田んぼに変わり、広大な水田へと変わっていった。結果、都市だけでなく農村部も潤い画期的な経済効果がみられた。(資料4)


 家康以来の江戸時代は大変豊かな社会であった。人口も増加していることから、相当安定的な豊かな社会であったし、その中心として江戸は栄え、日本の中心地として安定した基盤を築いて維持されていたと考えられる。
 家康はいろいろなところで、自然を極力破壊せずに人間の暮らしと調和するようなまちづくり、国づくりを目指した大変視野の広い人間であったことが容易に想像できる。

   
                                           

                                      

カテゴリ:平成30年度

投稿日:2018年05月10日