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過去の講座を紹介します

環境情報活動センターでは、毎月2~3の環境学習講座を開催しています。リサイクル講座・木の実などを使ったクラフト講座・自然観察などのフィールドワーク・夏休み子ども講座・環境教養講座など、多彩な内容でお送りしています。 このコーナーでは、講座のレポートを掲載していきます。(過去の講座を紹介しますのトップへ戻る

江戸落語に出てくる環境噺

カテゴリ:平成28年度

投稿日:2017年02月03日

 平成29年1月22日(日)品川区環境情報活動センターにおいて、環境学習講座「江戸落語に出てくる環境噺」が開催されました。講師は講演、著述、テレビ・ラジオ出演など多方面で活躍中の江戸文化研究家の菅野俊輔さんです。本日は、昨年度も大好評でした「江戸落語」シリーズとして、『長屋の花見』と『大山詣り』からエコで粋な江戸の人々の環境噺をお楽しみ頂きました。

     

 百万都市江戸は将軍家の住む御城を中心に武家地、寺社地、町人地と身分制による区分けがされ、武家屋敷地が6割、寺社地が2割ほどの面積を占めていました。残りの2割ほどの町人地に庶民が暮らしていました。                  

 庶民は長屋(裏店)と呼ばれる集合住宅に住んていました。城下町の中心部(現在の中央区・千代田区)に格子状に整然と並ぶ町は、通りに面した四方が商家や職人の見世(店舗)からなり、その内側に「裏店」がありました。一軒の間取りは六畳の部屋、土間と二基の竈の置かれた台所からなる非常にシンプルな居住スペースでした。部屋は居間、食堂、寝室をかねて、季節用品は損料屋からレンタルします。

                                                          

 江戸後期(19世紀)の文化年間になると、江戸の町では、横丁などに寄席場が数を増やし、寄席は庶民の娯楽として定着していきました。演目は多彩で落語だけに限りませんが話術巧みな咄家の登場と共に、落語人気が高まっていきました。昼夜交代の七日間興行で咄家は大工や櫛職人といった仕事と兼業していました。お客も、職人や小売人といった庶民が中心で、寄席は庶民が仕事のあとの夜のひと時を楽しめる時間として人気が増していきました。演目も、自然、彼らが住まいとしたした長屋が舞台となる咄が多かったようです。

【長屋の花見】

 江戸の人たちは四季を楽しむ生活をしていました。春ともなれば「花見」 名所は、品川御殿山、隅田川といろいろありますが、貧しい長屋住まいの人たちには少々遠すぎます。この咄の下谷山崎町の人たちは、近くの上野の御山に出かけます。
 江戸時代の大家と店子(借家人)の関係は「親子も同然」みたいに深い絆で結ばれています。ある日、大家さんから花見のおさそい、酒と肴の振る舞い付きのお誘いです。一同は大喜び。ところが、大家さんの振舞いの「酒」「肴」とは、実は・・・。
何だかんだといろいろと問題はありますが、長屋の男衆はわいわいがやがやと上野のすりばち山にむかいます。着飾ったり、呑み食いするような余裕のないのを代用品で替えて、楽しく笑い飛ばす江戸っ子のユーモア、物はなくとも心は豊か、江戸庶民の生活がしのばれます。

大山詣り

 江戸の人々は「年中行事」として月に一、二度の遠出を楽しみます。夏場になると連立って大山詣りに出かける男衆の姿がよく見られます。神田川の関口で身を清めた長屋の男衆も、大家さんを「先達」に三泊四日の「大山」の旅に出発します。
 何事もなく無事参拝もすました一行ですが、帰路の「神奈川宿」での精進落としのてんやわんや、酒癖の悪い問題児の「熊さん」がまたもや約束破りです。丸坊主にされ置き去りにされた熊さんの仕返しが・・・。

 江戸時代はものの流れがうまく機能していた循環型のエコ社会でした。米や野菜は隅田川以東の農業地帯が人口増加と共に周辺地帯にまで広がり、生産物は陸路や水路を使って江戸の市場に運ばれました。江戸の人々は、まさに地産地消の新鮮な野菜や魚介類を食べて、現代人が考えるよりもはるかに豊かな食生活を送っていたのではないでしょうか。
 一方、人の移動について、この時代には交通機関の発達がほとんど見られませんでしたから、どこに行くのも徒歩が原則。大山詣りの三泊四日はもとより、十三泊十四日もかかる「伊勢参宮」や京への旅もすべて徒歩です。日々、時間に追われる現代人にとっては、とても得難いスローライフを楽しんでいたのですね。つまり、生活も「エコ」でしたが、旅行も「エコ」でした。                             

カテゴリ:平成28年度

投稿日:2017年02月03日