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鉄道の開業と品川〜鉄道開業前後の品川の様相について〜

カテゴリ:平成23年度

投稿日:2012年03月13日

2月4日(土)品川歴史館において、環境学習講座「鉄道の開業と品川」(講師:品川歴史館学芸員 中野光将氏)が開催されました。明治(1872)5年品川・横浜間に鉄道が開業してから、来年度は鉄道開業140年にあたります。明治政府の中央集権体制を確立するための大きな目玉政策でした。この鉄道開通工事による周辺の環境変化について、豊富な資料をもとに講義をしていただきました。
 
●現在の品川区の鉄道網
現在品川区には7社(JR、東京臨海高速鉄道、東京急行電鉄、京浜急行電鉄、東京モノレール、都営地下鉄、東京メトロ)13路線の鉄道が走行していて23区内でも交通の便が良い区といえる。過去には品川区では電車以外に移動手段として、バスを除き、馬車鉄道、都電があった。馬車鉄道とは、イギリスから輸入した軌道上の馬車を2頭の馬が引くもので、東京馬車鉄道によって明治15(1882)年に新橋・日本橋間が開業している。特に品川には明治30(1897)年新橋・品川八ツ山までを結んだ独立した品川馬車鉄道が存在していたが、明治32(1899)年東京馬車鉄道に吸収合併された。その後、東京馬車鉄道は路面電車へと移行し、明治36(1903)年に東京電車鉄道と社名を改め、現在の東京都交通局の前身となった。都電は昭和42(1967)年の廃止まで、品川区内には4系統存在していた。
●日本人と鉄道の出会い
日本人が初めて鉄道を見たのは、嘉永6(1853)年にロシアの使節プチャーチンが長崎に来航した時の汽車の模型であると言われているが、本格的に日本に蒸気機関車が紹介されたのは、嘉永7(1854)年のペリー再来航の際、モールス信号、地球儀とともにもたらされた蒸気機関車の模型が発端となっている。黒船来航の絵巻や瓦版が数多く作成され、その内のいくつかには蒸気機関車の絵が描かれている。
●鉄道開業前夜
明治政府は富国強兵・殖産興業の推進を図り中央集権国家の成立を目指して、鉄道を巡らすことを考えていたので、明治2(1869)年11月10日鉄道の建設計画を決定した。工事及び測量は六郷川(現在の川崎市)を境に東西両端から開始され、新橋側は明治3(1870)年3月25日、横浜側は同年4月3日からそれぞれ行われた。
●高輪築堤工事
高輪の築堤は、当初東海道に沿って市街地を走ることになっていたが、鉄道に反対していた旧薩摩藩邸や陸軍の用地などがあって進められず、海上を走らせることになった。築堤は明治3年に着工し、資材の土砂は八ツ山や御殿山の土取場から運搬し、石垣は東海道の石垣や未完成の第7台場の石垣を崩して使うなど、台場建設時の土を再利用した。この工事を行った人物は、平野弥十郎など幕末の台場を作った人物たちだった。
●東海寺と鉄道敷設(東海寺:品川区北品川3-11-9)
東海寺の敷地内を鉄道が通っていたことは知られていたが、最新の資料によって場所も明らかになり、立木の伐採、石段の撤去、法雲院の表門の撤去など、鉄道が東海寺を通り抜けていたことが分かった。東海寺大山墓地には「鉄道の父」と称される井上勝の墓がある。(大山墓地:品川区北品川4-11-8)
  
(東海寺大山墓地入口)  (井上勝の墓の後方を新幹線が走っています)
●品川宿との関連性
品川宿には測量人の休息場所に関する御触れ、測量の邪魔になる竹・木々の伐採などの通告が出ている。鉄道用地に関しては民部省(税金をつかさどる役所:明治4(1871)年大蔵省と合併)から強制的に土地を差し出す形を取っているなど、補償も一方的な査定であった。
●鉄道開業
明治5(1872)年6月12日品川・横浜間が仮開業し、1日2往復した。(所要時間ノンストップで35分)その後、新橋・品川・川崎・鶴見・神奈川・横浜のそれぞれの駅が開業し(所要時間は各駅に留まるので53分になった)、10月14日明治天皇臨席のもと鉄道開業式が行われた。営業は翌15日から1日9往復の旅客列車が運転された。旅客数は明治6(1873)年には141万人、明治15(1822)年には218万人に達した。
●鉄道開業後の品川周辺(特に品川宿)
現時点では資料がほとんどない。川崎大師のある川崎宿では、客の多くが日帰り客となって、宿場を利用する客が減少して衰退したと言われている。品川宿も同様の可能性があるが、今後の資料蓄積を待たねばならない。
●おわりに
明治初期の鉄道開業によって土地の改変・人々の強制的移住など宿場などに旧来あったものの衰退など、現在でも起こりうるマイナス面にも遭遇する結果となった。しかし、その一方では新しい産業や交通形態の変化による恩恵も受けていることが多い。品川区はその後、大井付近に鉄道院の鉄道工場ができて、再び隆盛を迎える。
前回の講座「幕末の御台場建設」と今回の講座「明治の鉄道開業」は品川宿とその周辺に大きな変化をもたらした一大事業であったと思われます。人々の環境が次第に変化したことが良く分かった講座でした。平成24年10月14日から品川歴史館で開催される特別展が大いに楽しみです。
【参考】
明治41(1908)年に設置された鉄道院は、大正9(1920)年鉄道省に昇格、さらに昭和18(1943)年運輸通信省に統合、昭和20(1945)年運輸省に改編された。その後昭和24(1949)年日本国有鉄道となったが、昭和62(1987)年日本国有鉄道の分割民営化によって、東日本旅客鉄道ほかに承継され、現在に至っている。

カテゴリ:平成23年度

投稿日:2012年03月13日