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過去の講座を紹介します

環境情報活動センターでは、毎月2~3の環境学習講座を開催しています。リサイクル講座・木の実などを使ったクラフト講座・自然観察などのフィールドワーク・夏休み子ども講座・環境教養講座など、多彩な内容でお送りしています。 このコーナーでは、講座のレポートを掲載していきます。(過去の講座を紹介しますのトップへ戻る

カメラの目から、昔のおもかげを探して‘しながわ’まち歩き

カテゴリ:平成21年度

投稿日:2009年11月13日

  11月13日(金)品川シアターにおいて、環境学習講座「カメラの目から、昔のおもかげを探して‘しながわ’まち歩き」(講師:インタミディア代表 佐山吉孝氏)が開催されました。
 
 まちを見る時、そのまちの歴史を知ることが大切で、その中でも地形の移り変わりを知るとまちが面白く見えてきます。
 しながわは関東台地の東のはずれにあり、東はすぐに断崖で、品川宿自体は崖と海に挟まれた南北に細長いまちでした。海側の品川地区は、北は高輪台、島津山、八ッ山、御殿山、権現山、大山、南に下ると土佐山、見晴らし台、月見台と、「山」とか「台」といった字のつく地名が数多く出てくることからもそのことが伺えます。
 
  広重の東海道五十三次・品川の絵(左上)では海と東海道の間はこんなに狭く、すぐに山が迫って描かれています。ほとんど同じ位置から見た外国人の絵(右上/品川歴史館蔵)ですが、遠近法を使った写実的な描写ですので、写真に近いものと思われます。
 鎌倉時代以降、関東地方(武蔵の国)が開かれたころは、物流の中心は海路だったため、天然の良港(品川湊)があった品川には、諸国から人・モノ・情報が集まり、古くからまちが形成されました。その中心が現在の南品川、北品川で、江戸時代に入るとこの一帯が品川宿として栄えたわけです。
  なお品川宿の範囲は、現在の北品川から青物横丁辺りまでとされています。
 明治5年に鉄道が開通し、品川浦の埋め立てが始まります。明治政府としては品川宿を駅にして東海道線を敷きたかったわけですが、宿場の人たちが反対し、薩摩藩も屋敷(現在のプリンスホテルの辺り)の中に鉄道を通すのはもっての外と猛反対。道に沿って線路を敷く方が効率が良いことはわかっていながら、やむなく海上に土手を作って線路を敷いたのです。(写真左下)
 
  右上の写真にある橋は八ツ山陸橋で、鉄道は御殿山と権現山の間の谷の方に向かっています。またこの絵には幕末にできたお台場も描かれています。

  北品川橋の上から見た風景です。ここには江戸の水辺、昭和初期に建てられた木造建築、高度成長期の都営アパート、バブル期のマンション、21世紀になってできた港南口のビル群と、時代が層になって見える興味深いところです。

  広重の絵「品川すさき」です。高い視点から描いていますが、想像力が凄いですね。房総半島が見えますが、「品川は膳の向こうに安房上総」という江戸時代の有名な川柳がありますが、それくらい風光明媚な地であったと思います。内海で波が静かで白帆の船が行ったり来たりしている、たまらない風景だったことでしょう。品川浦の海の風景や当時は清流だった目黒川、すぐ裏には山があり、その頃は深山幽谷の趣があったことでしょう。

「問答河岸跡」、品川を愛した徳川家光は江戸城から品川に船で来ました。沢庵は河岸で家光を迎えて問答をしたところから「問答河岸」という名が残っています。禅問答で、家光が「海が近いのになぜ東海寺(遠海寺)というのだ」と問えば、沢庵は「あなたのように大群を率いても将軍(小軍)」と言うではありませんか」と答えたとか。(他の問答も伝わっています)
   
 左に魚屋さんと右に海苔・お茶屋さん。これも品川宿らしい風景のひとつで、このように東海道から東側の路地はどれも海に下ってゆく浜道になっています。路地に入ると緑がきれいです。
 
 (写真左上)石垣の上が東海道、手前はかつての海です。(写真右上)海岸線の石垣です。
東海道品川宿は入口の八ツ山口から鈴が森まで約3.8kmあり、それが今でも江戸時代の道幅で、かつ生活道路として使われていますが、五十三次の中でこんなにきれいな形で残っているところは他になく、大変貴重な文化遺産と言えるでしょう。
品川宿としてやらないといけないことは、道自体を守ることだと思います。
【講師自己紹介】
20年ほどしながわに関する雑誌の編集に携わっており、1986年頃からしながわを歩くようになりました。地図に印をつけながら歩いたところ、かなり早い時期に埋まってしまいました。
しながわ(品川区)は広いところをとっても東西約6km、南北は5kmくらいで、ゆっくりと見て歩いても4〜5時間も歩けば横断/縦断できてしまう、そんな広さです。
また東海道品川宿でまちづくりの活動(旗振り役)をしており、それもほぼ20年になります。
  

カテゴリ:平成21年度

投稿日:2009年11月13日